理想の大学生活に隠された心の傷おすすめ度
★★★★★
作者が深みのある人物像を何人分も描き分けており驚く。
登場人物の性格描写はリアルで緻密。しかし、あからさまな悪意は消し去られている。
現実の大学の一大勢力である無気力で怠惰な学生もわずか一人しか登場しない。
才色兼備で優しい博士後期課程の先輩もいる。楽しく友愛に満ちた理想の大学生活だ。
それが逆に日常的でささいな負の感情を浮き彫りにして強烈な印象を残す。
誰にとっても身に覚えがあるはずの負の感情だ。
また、登場人物の多くは心に傷を負った人たちでもある。
主人公の友人でムードメーカーの鈴木さんも単純に明るいだけの女の子ではない。
素朴な絵柄と学生たちの明るいギャグ等で巧妙に打ち消されてるが、物語の芯は尾を引くように暗くて重い。
物語がほのぼのとして見える一番の理由は、主人公が過去に悲惨な経験をあまりしていないからだろう。肉親との別離や持病のある弟への負い目などは描かれている。しかし、それらはもの心がついた頃のあいまいで幼い記憶。
対して主人公の友人たちのケースとして描かれるのは、世間をリアルに見ることができる年齢以降に経験する震災、友人の死、複雑な家庭環境、身体の障害、疎外など、生々しい記憶を伴うものだ。
主人公は、かつて二回、悲惨な経験を通じた友人たちの連帯感のようなものに触れて、「わたしには何もないなぁ」とつぶやいている。
悲惨な体験をしていないために、主人公は友人たちの心の傷を心底から理解しているわけではない。もらい泣きをするシーンが頻繁に描かれているが、それは本好きゆえの感受性だろう。そんな主人公の目を通して語られることによって、友人たちの劇的な体験はオブラートで包んだように苦味を薄められたものになっている。
神戸在住は全10巻を通して、一見物語のスタイルに変化が無いように思えるが、震災ボランティア編前後くらいから、マイノリティが登場する話が増えている。おそらく意図的なものだ。主人公は自然体で接しているが、現実世界ではマイノリティへの偏見は少なくはない。
物語の後半、尊敬する人の突然の死によって、それまでにない激しい感情のうねりが描かれる。友人を心配して気を使ってきた主人公が、今度は心配してくれる友人に対して心を閉ざし、よそよそしい態度を見せる。
また、最終巻で書き下ろされたエピソードでは、「尊敬する人」の視点から安らかな最期が描かれる。安らかな死とその死への激しい悲しみ。
これらの対比で作者が何を言おうとしたのかは分からないが、読む人によっては、人が人を理解しえないという当たり前の事実について改めて考えるかもしれない。
この物語では全巻を通して、もう一人博士後期課程の学生が登場する。
文系の男子学生が参加している震災ボランティアの拠点に、大学から資料の束が届く。
「将来は大学の先生ですか?」と仲間の女子高生が尊敬の眼差しで問いかける。
「そんな、いいもんとちゃいよるで」と学生は苦笑して答える。
何気ないやりとりだ。
最終巻では、「日本では研究者の立場が弱い」とも口にする。
彼には婚約者がいる。
“諸々の事情”で結婚のめどはたっていない。“諸々の事情”は分かる人には分かる。
切実な問題に日常会話の中でサラリと触れている。
単純にほのぼのとした物語ではない。
誰にでも分かる直接的な表現が好まれる世の中だから、なおさら貴重に思える。
作者の真意はともかく、自分なりの読み方を試し、自分のまわりの人たちの心について考えてみるのも悪くはないだろう。
ロングランでしたおすすめ度
★★★★★
全体を通して言えることなんだけど、体力の要るマンガだなぁ、といつも思う。何故体力か、というと、涙が止まらないから。日向さんや主人公のお祖母ちゃんの死、震災の話は涙を拭くものが無いと読めない。
10巻の気に入ったフレーズは「涙はいつか風に乾いていた」。そうなんだよなぁ、時間の経過とともにこの強烈な印象は薄らいで、否、無意識に忘れようとしているだよなぁ。
かといって涙を誘うばかりではない。日常のスケッチをよくもここまでうまく描いたものだ、というものがある。日常の中の悲しみや嬉しさ、些細なことでも自分の中での発見を紡ぎ出したらこういうマンガになるのか、という、作品。
「彼女達のおかげで、私はこの街を好きになれました。」作中より
深い満足感に包まれる最終巻おすすめ度
★★★★★
何度も発売が延期されもう読めないかと思っていた10巻が、ついに出版されました。
最終巻にふさわしく、今までの登場人物たちのほとんどが顔を出します。
(本編に出てこない人にも、カバーをはずせば会えます)。
そしてわずかに「わだかまり」の残っていたエピソードにもきれいに決着がつきます。見事です。
アフタヌーンKCは、以前『ヨコハマ買い出し紀行』の最終巻を、
いつでも買えるからと購入を後回しにしていたところ、
なぜか最終巻だけが品切れになってしまい、入手に苦労した覚えがあります。
時間のあるときにゆっくりじっくり読みたいと思っている方も、
これから『神戸在住』を読んでみようかなと思っている方も、
とにかく今すぐ迷わず10巻を買っておくことを強くおすすめします!
大変良く出来ています。
おすすめ度 ★★★★★
わたくしめもついに買いましたよ
。出来は今更ながら言うまでもなく素晴らしい。
感動やドキドキ感を手元に置いて、私同様に何時でも手に取って思い返して頂きたいと願います。