高島易断正統継承者 監修 『富豪の財符』 カードサイズの黄金金運アップカード 一粒万倍日に特別祈祷済み
お金に羽でも生えているかのように、ここ数年異常な出費が続いていました。
友人から薦められ、半信半疑ではあるものの藁をもすがる思いで購入しました。
半月したころから目に見えて流れが変わってきました。
三ヶ月経った頃には借財は全て返済。事業も半年先までは黒字確定となりました。
先月社員旅行でマカオに行ったときカジノでルーレットをしたら5千円が2時間で25万円になりました。
銀熊さん、ありがとうございました!
高島易断継承者監修 『大黒天招福招財財布』 長財布 黄色 一粒万倍日に特別祈祷済み
高島崇圓先生監修の「富豪の財符」により大変素晴らしい思いをさせて頂いたので、恩返しの意味を込めてこちらの財布を購入させて頂きました。
しかし、届いてみたら、色合いや高級感など品質は非の打ち所がなく申し分ないものの私にはちょっと使い辛いかったのです。
というのも、「富豪の財符」のおかげなのか今や私には100枚程度の一万円札を収納できなければ
財布として用を成さなくなってしまっていたのです。
要するに、私には厚みが足りません。
仕方がないのでこのお財布は、まじめにコツコツやるが不器用な私の友人にプレゼントしました。
彼は、「ちょっとおしゃれすぎるし女性っぽいから俺が使うのは恥ずかしい」などと言いながらも私がいい思いをしたことも知っているため早速その日から使い始めたそうです。
その財布に最初に目を留めたのは、彼がほぼ毎日のようにいく鯛焼き屋のお婆さんでした。
お婆さんが一人で切り盛りしているその鯛焼き屋さんは自宅兼用で、もうそれは今にも崩れ落ちそうなぐらいボロボロです。
特に隣近所がおしゃれなビルに建替えられているせいでその老朽感は際立っています。
しかし建物の見た目とは関係なく鯛焼きの味には定評があり安いこともあって地元では年寄りから子供まで結構人気があるのです。
お婆さんには身寄りがなく、鯛焼きを買いに来る常連さんや子供たちとおしゃべりするのを唯一の生きがいとしている感じです。
私の友人は数年前からこの鯛焼き屋の斜向かいのマンションに住み始め、時を同じくして鯛焼き屋さんの常連となったようです。
独身の彼にしてみればお婆さんに5年前に他界した故郷の母を重ね、還らぬ時に触れ、郷愁にかられていたのではないでしょうか。
彼はお婆さんから色々な話を聞いていたようです。東京大空襲で焼き出された話から、若くしてなくなった一人息子の話、
女をつくって出奔したご主人の話、およげ鯛焼きくん大ヒットに伴う目の回るような忙しかった日々の話などなど・・。
この鯛焼き屋のお婆さんが、彼の使っているいつもの財布がこの美しい財布に代わったのに気づいた最初の人でした。
彼の財布の変化に気づいたお婆さんは、「黄色が上品な素敵な財布だね」と、とても褒めてくれて彼としてもいい気分だったそうです。
私の最近の運気好転については彼とお婆さんのなかでは結構話題になっていたらしく、彼はこの財布を私から貰った経緯についてお婆さんに話したりしたようです。そんな会話の中で「財布を男の友達から貰うなんて色気のない話だね〜。なかなかいい男なんだけど彼女がいないって話もまんざら冗談じゃないみたいだね。」なんて話になり、お婆さんの若くして亡くなった一人息子さんの思い出話に発展したそうです。
お婆さんは現在8●歳ですから、先の大戦の終戦時は10代後半と戦時中に青春期を送られたいわゆる戦中派ということになります。
空襲で父母と弟を失い天涯孤独の身となった彼女は、勤労動員先で知り合った友人の祖母の家がある青梅に身を寄せることになりました。そして、終戦後まだ戦禍の硝煙も燻る頃 、その青梅でのちに伴侶となり、また女を作って出奔することとなるご主人との出会いがあったそうです。
長くなるので詳細は割愛しますが、春秋の筆法を用うるならば、この戦争がお婆さんの人生を狂わせたのです。東京大空襲がなければ家族を失うこともなかったし、青梅でご主人と会うこともなかったのです。出会わなければ我が子を失うことすらなかったのです。
空襲で焼けてしまったものの亡くなった父親名義の土地は残っておいました。相続したその土地は後に道路拡張の収用にあい、土地は減ったものの、そのお金で自宅を再建することが出来ました。新しい家に引っ越した途端に長男が出来たそうです。22歳の春に長男が誕生し、彼女は世界一幸せな家族だと心から思っていたそうです。
長くなったので続きは後日書きます。