怪奇小説という題名の怪奇小説 (集英社文庫)
およそ怪奇小説とも思えぬメタフィクション的な書き出しで始まるが、だんだんと理性的であったはずの書き手が妄執の虜になっていく過程が怖い。モダンな探偵小説の名手であった作者らしい、理知と恐怖の狭間、これこそがモダンホラー。
作者は早川書房時代に名アンソロジー『幻想と怪奇』を編み日本に現代的なホラー小説をいち早く紹介した編集者であり、自称世界で最も怪談を多く書いた作家でもある。その手錬の筆致を堪能できる『雪崩連太郎』シリーズと並ぶ著者の怪奇ものの代表作。
猫の舌に釘をうて (光文社文庫)
こういう凝った設定の作品は、今でこそ珍しくはないが、本作刊行当時は珍しかった。
なにしろ、“探偵であり犯人であり被害者゛なんだからね。
しかも、製本された本事態に仕掛けがしてある。
本作刊行当時、昭和30から40年代は、実に単純というか当たり前なプロットとストーリーの社会派ミステリ全盛の時代だった。
それが松本清張の功罪であり、歴史的にはミステリがひとつステップアップしたことは確かだ。
しかしその代わり、ミステリに大事な遊び心、エンタテインメントが薄くなってしまった。
そこに著者は、「やぶにらみの時計」や本作で、ミステリ本来の凝った仕掛け満載の作品の面白さをたたきつけた。
そのチャレンジが無駄ではなかったことも、歴史的に確かだ。
だが、大きなムーブメントにならなにかったのは、その完成度が高くなかったことと、当時としてはあまりにも跳びすぎていたプロットのせいだろう。
そう、本作は実は完成度という点では、そう高くはない。
あまりにも観念的な表現が多く、しかも甘い青春小説風の味付け。
ミステリのマニアには理解されるものも、広く理解されるにはいたらなかったのだ。
しかし、本作の遊び心は秀逸であり、そのフレンチ・ミステリを思わせるプロットは、一読に値する。
著者が本作を執筆するにあたり、ジャプリゾ等のフレンチ・ミステリを意識しただろうことは間違いない。
その作風も、今なら理解されても、当時では難しかっただろう。
著者のチャレンジ精神を評価するとともに、その遊び心、本格魂を評価したい。
からくり砂絵 あやかし砂絵 (光文社時代小説文庫)
古典落語に材を採った「花見の仇討」「粗忽長屋」
佐々木味津三の[右門捕物帖]の奇抜な発端部分(しかし本家では腰砕けに終わった)だけを借りて独自の合理的な解決を施した「水幽霊」「首つり五人男」
まさにスタイリッシュさが身上だった都筑氏らしい傑作揃い。
中でも本書のハイライトは強烈なホワイダニットの興味で引っ張る「小梅富士」と「人食い屏風」。異常極まりない状況が論理的に解かれる様は華麗としか表現できない快感。
都筑氏らしいこだわりは、会話を江戸言葉で(巻末の著者自身の解説によれば、注釈が必要にならないよう、江戸に出来るだけ近い明治初期の話し言葉を使ったらしい)地の文を現代語で平明に描く点や、当時の風俗の徹底した時代考証にも表れている。
第一集に続いて迷わず買いの素晴らしい復刊。まったく本書のコストパフォーマンスは驚くほど安い。
ちみどろ砂絵・くらやみ砂絵―なめくじ長屋捕物さわぎ〈1〉 (光文社時代小説文庫)
江戸川乱歩が日本におけるミステリーを牽引したのはいうまでもない。しかし一方で岡本綺堂の名作「半七捕物帳」への評価を大きく扱わなかったことが捕物帳の探偵小説らしさを伝わられずいたった。ホームズを題材にしつつも、江戸情緒や暮らしぶりなど日本の文化にしっくりとくる型をつくった「半七」はひとつの古典というべきで、その後の久生十蘭「顎十郎捕物帳」と都筑道夫の「なめくじ長屋」シリーズが正統な捕物帳の系譜にあることは疑いのない事実であろう。
さて、本書では「なめくじ長屋」に住んでいる砂絵かきのセンセーや仲間たちが、カネを目的に謎を解決していく。時代をしっかりと描きながらトリックを組み立て小気味良い展開が面白い。上品な落語を聴いているかのような物語が繰り広げられており厭きることなく愉しめる。「ちみどろ砂絵」と「くらやみ砂絵」が一冊になり再登場したのが本書である。
読書することの楽しさを知っている著者であること、「半七捕物帳」や「顎十郎捕物帳」をこよなく愛していることが随所に感じられる。
都筑道夫の多才ぶりは本書をきっかけに知ってもらいたいところだが、彼のハードボイルドな生き様は著者が好む川柳に顕れている。すなわち「泣く蝉よりもなかなかに泣かぬ蛍が身を焦がす」。
きまぐれ砂絵かげろう砂絵―なめくじ長屋捕物さわぎ〈3〉 (光文社時代小説文庫)
捕物帖好きの自分がまだ読まずに済ませていた都筑道夫の砂絵シリーズ。魅力あるキャラクターだけでなく,春夏秋冬江戸の風物が巧みに描かれています。都筑氏の筆の確かさ,力強さが支える物語の推進力には,驚くべきものがあります。これまで未読だったことが幸運に思えました!