穢土荘厳〈上〉 (文春文庫)
昭和53年から58年までの五年間、月刊仏教雑誌「大法輪」に連載された作品。東大
寺の大仏建立に至るまでの政争と激動を描いている。物語は長屋王の変(729年)の
直前からはじまる。主人公は手代夏雄になるだろうか。左兵衛府の府生でありながら、
長屋王の資人(従者)でもある下級役人である。夏雄の主・長屋王はその時、危機を
迎えていた。聖武天皇の夫人・光明子が基皇子を生み、直後に皇太子に宣せられる。
幼児の皇太子など前例がない。明らかに藤原氏の専横である。このままでは政権は
藤原氏の意のままになる。懸命にその企てを食い止めようとする長屋王らの皇族たち。
形勢逆転を狙い、長屋王の妃・吉備内親王は王の実弟・鈴鹿王の"策"を基に夏雄や
忍羽部綾児らを頼んで隠密裏の謀略をめぐらすが、その結果は予想もできない運命に
長屋王家を導いていく。この辺は並々ならぬ作家の力量を感じさせて、目を離せない。
もちろん史料で知る結果はご存知の通りだが、常に意外な仕掛けを用意するところが
杉本作品のすごいところだ。そして歴史はさらなる混沌に向かってゆく。(下巻に続く)
寺の大仏建立に至るまでの政争と激動を描いている。物語は長屋王の変(729年)の
直前からはじまる。主人公は手代夏雄になるだろうか。左兵衛府の府生でありながら、
長屋王の資人(従者)でもある下級役人である。夏雄の主・長屋王はその時、危機を
迎えていた。聖武天皇の夫人・光明子が基皇子を生み、直後に皇太子に宣せられる。
幼児の皇太子など前例がない。明らかに藤原氏の専横である。このままでは政権は
藤原氏の意のままになる。懸命にその企てを食い止めようとする長屋王らの皇族たち。
形勢逆転を狙い、長屋王の妃・吉備内親王は王の実弟・鈴鹿王の"策"を基に夏雄や
忍羽部綾児らを頼んで隠密裏の謀略をめぐらすが、その結果は予想もできない運命に
長屋王家を導いていく。この辺は並々ならぬ作家の力量を感じさせて、目を離せない。
もちろん史料で知る結果はご存知の通りだが、常に意外な仕掛けを用意するところが
杉本作品のすごいところだ。そして歴史はさらなる混沌に向かってゆく。(下巻に続く)
檀林皇后私譜 (上) (中公文庫)
多くの杉本苑子の著作の中でも、ベスト・スリーに入る傑作だと思う。
策士の姉安子に「橘氏復権」のために利用されるたぐい稀な美貌の妹、嘉智子、手玉を持たないがお家芸の権謀術数に長けた藤原北家の冬継と婚姻によって手を結び、政界を上っていき最後は檀林皇后となる。
話は「古代最後の天皇」第50代桓武帝の時代から始まり、嘉智子は神野皇子に嫁ぐ、この後の嵯峨帝になるまでの神野の猫かっぶりぶり!、わがままな皇太子、安殿親王とこれまた美貌と知性を兼ね備えた式家の薬子の不倫の関係、おそらく日本史上唯一の女性の名前を冠された「薬子の乱。怨霊さえ操る策士たちに囲まれ、最初は人形のようだった嘉智子も成長していく、欲望も募らせていく。
そういう意味でここに出てくる登場人物たちは皆、自分は何が欲しいかよく知り、その実現のために
手段を選ばずにしたたかに生きていく。対極的な最澄と空海、武力だけでなく政治にも意欲をみせる
坂上田村麻呂、登場人物は多士済々。
北家独走の摂関時代に入ると、男も実によく泣く!「頭の中将は何故泣くか」なんてありましったけね。ま、「泣く」はひとつのレトリックではあろうが・・・
古典を読んでいるとイライラするぐらい、何かと言えば泣く、除目に落ちそう位で泣くな、掴み取れ!と叱咤したくなる。
だが、この時代は椅子、テーブルで鳥獣の肉、酪など乳製品を食べ、ベッドで眠り、たぶん体格もよかったに違いない、ロングスカートにブラウス、ジャケット、ふわりとかけたショール、ウエストには宝石をはめ込んだサッシェ、「よよ」と泣き伏したりしない、実に颯爽とした姿が浮かび上がる。
彼らは悪を恐れない、「力即善」であり、どんな善人でも力がなければダメなのである。
そういう意味で憶病ものとして一生を送る大伴親王(淳和帝)も徹底的受け身に身を処し、簡素に徹底し、風葬を望み、憶病なりの意地をみせて見事!
死屍累々の人生の終わりに「四大元空」と観じ、じたばたと極楽浄土、魂の救済など求めずに終わる
檀林皇后嘉智子の生も実にしたたかに見事としか言いようがない。
その点で橘の男たちは実にだらしがない!橘秀才、逸勢だってだらしないではないか!
これで時代が下ると橘の氏の長者があの則光、清少納言の夫である
ひとつ疑問がある。どなたか教えてください。
嘉智子が皇后に冊立された時、大伴親王が即位する時と二回天皇、皇后揃って、高御座に日月の幡のもと出御するという形式はこの時代にあったのか?
少なくともこれ以降は昭和帝の即位式までない筈である。
とにかく面白い!上下巻ともに一気に読了。
古代に興味のある人、必読であろう。
策士の姉安子に「橘氏復権」のために利用されるたぐい稀な美貌の妹、嘉智子、手玉を持たないがお家芸の権謀術数に長けた藤原北家の冬継と婚姻によって手を結び、政界を上っていき最後は檀林皇后となる。
話は「古代最後の天皇」第50代桓武帝の時代から始まり、嘉智子は神野皇子に嫁ぐ、この後の嵯峨帝になるまでの神野の猫かっぶりぶり!、わがままな皇太子、安殿親王とこれまた美貌と知性を兼ね備えた式家の薬子の不倫の関係、おそらく日本史上唯一の女性の名前を冠された「薬子の乱。怨霊さえ操る策士たちに囲まれ、最初は人形のようだった嘉智子も成長していく、欲望も募らせていく。
そういう意味でここに出てくる登場人物たちは皆、自分は何が欲しいかよく知り、その実現のために
手段を選ばずにしたたかに生きていく。対極的な最澄と空海、武力だけでなく政治にも意欲をみせる
坂上田村麻呂、登場人物は多士済々。
北家独走の摂関時代に入ると、男も実によく泣く!「頭の中将は何故泣くか」なんてありましったけね。ま、「泣く」はひとつのレトリックではあろうが・・・
古典を読んでいるとイライラするぐらい、何かと言えば泣く、除目に落ちそう位で泣くな、掴み取れ!と叱咤したくなる。
だが、この時代は椅子、テーブルで鳥獣の肉、酪など乳製品を食べ、ベッドで眠り、たぶん体格もよかったに違いない、ロングスカートにブラウス、ジャケット、ふわりとかけたショール、ウエストには宝石をはめ込んだサッシェ、「よよ」と泣き伏したりしない、実に颯爽とした姿が浮かび上がる。
彼らは悪を恐れない、「力即善」であり、どんな善人でも力がなければダメなのである。
そういう意味で憶病ものとして一生を送る大伴親王(淳和帝)も徹底的受け身に身を処し、簡素に徹底し、風葬を望み、憶病なりの意地をみせて見事!
死屍累々の人生の終わりに「四大元空」と観じ、じたばたと極楽浄土、魂の救済など求めずに終わる
檀林皇后嘉智子の生も実にしたたかに見事としか言いようがない。
その点で橘の男たちは実にだらしがない!橘秀才、逸勢だってだらしないではないか!
これで時代が下ると橘の氏の長者があの則光、清少納言の夫である
ひとつ疑問がある。どなたか教えてください。
嘉智子が皇后に冊立された時、大伴親王が即位する時と二回天皇、皇后揃って、高御座に日月の幡のもと出御するという形式はこの時代にあったのか?
少なくともこれ以降は昭和帝の即位式までない筈である。
とにかく面白い!上下巻ともに一気に読了。
古代に興味のある人、必読であろう。