そうか、もう君はいないのか (新潮文庫)
本作が遺作となってしまいました。海軍に自ら志願して幹部候補生として終戦をむかえた城山さんらしく、凛とした佇まいの中に奥様に対する深い愛惜の気持ちが忍ばれる好篇です。俗っぽい涙腺刺激型の亡妻記ではなく、奥様との出会いから晩年お子様達が独立して二人だけの生活になるまでの日々が、まるで城山さん自身が思い出すことを楽しんでおられるように穏やかな口調で語られます。
前向きで、ユーモアに富み、年をめされても子供のように無邪気な奥様とのその折々の思い出が淡々と述べられていき、遂に奥様が肝臓癌を告知された日に至ります。その時、あえて陽気を装い癌の替え歌を歌いながら帰宅した奥様を「大丈夫だ、おれがついている」と城山さんは胸に抱きしめてあげます。長年愛情深く連れ添ったご夫婦がお互いを優しく気遣う気持ちが偲ばれる感動的な一節です。米国から出張などと言い訳をしながら面会に駆けつけたご子息に、不自由な体をベッドから滑り落とす様にして立たれた奥様は城山さんとご子息に海軍式挙手の礼をしてやがて身罷ります。
城山さんの執筆はこの3人の別れの日が実質的に終わりとなり、城山さん自身が不帰の方となられ、本書ではその後お嬢様が奥様なき後の城山さんの7年を綴っておられます。城山さんのそれまでの文章の中には涙とか号泣という言葉は一切ないのですが、このお嬢様の手記を拝見すると奥様を失った城山さんの悲しみの大きさを知り胸がふたがれる想いにとらわれます。
城山さんは茅ヶ崎にお住まいでしたが、ご自宅の他に駅前のマンションを仕事場としておられました。奥様がなくなった後、城山さんはご自宅に一切帰ろうとなさらず、仕事場で寝起きをされていたとのことです。奥様との思い出が隅々まで残っているご自宅へお帰りになるのがあの剛毅な城山さんにもお辛かったのでしょう。仕事場にはお気に入りのお二人のツーショットの写真がひっそりと飾ってあったそうです。
前向きで、ユーモアに富み、年をめされても子供のように無邪気な奥様とのその折々の思い出が淡々と述べられていき、遂に奥様が肝臓癌を告知された日に至ります。その時、あえて陽気を装い癌の替え歌を歌いながら帰宅した奥様を「大丈夫だ、おれがついている」と城山さんは胸に抱きしめてあげます。長年愛情深く連れ添ったご夫婦がお互いを優しく気遣う気持ちが偲ばれる感動的な一節です。米国から出張などと言い訳をしながら面会に駆けつけたご子息に、不自由な体をベッドから滑り落とす様にして立たれた奥様は城山さんとご子息に海軍式挙手の礼をしてやがて身罷ります。
城山さんの執筆はこの3人の別れの日が実質的に終わりとなり、城山さん自身が不帰の方となられ、本書ではその後お嬢様が奥様なき後の城山さんの7年を綴っておられます。城山さんのそれまでの文章の中には涙とか号泣という言葉は一切ないのですが、このお嬢様の手記を拝見すると奥様を失った城山さんの悲しみの大きさを知り胸がふたがれる想いにとらわれます。
城山さんは茅ヶ崎にお住まいでしたが、ご自宅の他に駅前のマンションを仕事場としておられました。奥様がなくなった後、城山さんはご自宅に一切帰ろうとなさらず、仕事場で寝起きをされていたとのことです。奥様との思い出が隅々まで残っているご自宅へお帰りになるのがあの剛毅な城山さんにもお辛かったのでしょう。仕事場にはお気に入りのお二人のツーショットの写真がひっそりと飾ってあったそうです。
落日燃ゆ (新潮文庫)
人から勧められて初めて手にした。
東京裁判は学校での教科書で学んだ程度の知識しかなく、
今回この本を読んで、主人公となった広田弘毅はもちろん
戦争が引き起こしたすべての事象、巻き込まれた人間、
そしてこの戦争を正当化して推し進めていった者たちの
さまざまな思いを一気に感じさせられた気がする。
広田に対しては、その大多数が、
彼の人柄と、この戦争に自分自身をまっすぐに対峙させ、
「無罪」とは言えないと一貫して主張した姿勢からも
好意的な意見ばかりが存在する一方で、
裁判中も多くを語ることなく、また、在任中についても
自らの主張をせずに周囲の言いなりとなっていたと
批判的に見る意見も存在する。
これはまさに表裏一体であり、彼の黙して語らずの精神が
このような両極の意見を生んだのかもしれない。
独裁的・個性的な人間ばかりが政府の中心であった当時に
寡黙な彼は異色であっただろうし、多くを述べずに
自らが信じたことだけに心を尽くそうとした生き方ゆえに
文官でありながら死刑という悲劇が起きたのかもしれない。
当然ながら彼を中心に据えた本作であるから、
当時の他の政治家たちの目から見れば彼はもっと否定的に
言われる点もあるだろうが、それを差し引いても、
当時の陸軍の強行を押さえ込んでいればという思いは
拭い切れない。
そして、彼の表の顔といえる政治家としての手腕や
その実績も去ることながら、一人の家庭人としての
姿に心打たれた。
深い愛情で結ばれていた物静かな妻と物静かな夫。
裁判中に先に自害し、夫の心残りをなくそうと気遣った妻と
彼女亡き後、子どもたちに託す手紙には、
必ず妻の名前を書き、妻宛ての手紙を綴り続けた夫。
この激動の中に巻き込まれても、彼の揺るぎない家庭への
深い愛情と芯の通った生きざまは、
この家族の間にしっかりと息づいていたのだろうなと感じた。
こんな深く厚い人物を、安易に失わせてしまったことは本当に惜しい。
東京裁判は学校での教科書で学んだ程度の知識しかなく、
今回この本を読んで、主人公となった広田弘毅はもちろん
戦争が引き起こしたすべての事象、巻き込まれた人間、
そしてこの戦争を正当化して推し進めていった者たちの
さまざまな思いを一気に感じさせられた気がする。
広田に対しては、その大多数が、
彼の人柄と、この戦争に自分自身をまっすぐに対峙させ、
「無罪」とは言えないと一貫して主張した姿勢からも
好意的な意見ばかりが存在する一方で、
裁判中も多くを語ることなく、また、在任中についても
自らの主張をせずに周囲の言いなりとなっていたと
批判的に見る意見も存在する。
これはまさに表裏一体であり、彼の黙して語らずの精神が
このような両極の意見を生んだのかもしれない。
独裁的・個性的な人間ばかりが政府の中心であった当時に
寡黙な彼は異色であっただろうし、多くを述べずに
自らが信じたことだけに心を尽くそうとした生き方ゆえに
文官でありながら死刑という悲劇が起きたのかもしれない。
当然ながら彼を中心に据えた本作であるから、
当時の他の政治家たちの目から見れば彼はもっと否定的に
言われる点もあるだろうが、それを差し引いても、
当時の陸軍の強行を押さえ込んでいればという思いは
拭い切れない。
そして、彼の表の顔といえる政治家としての手腕や
その実績も去ることながら、一人の家庭人としての
姿に心打たれた。
深い愛情で結ばれていた物静かな妻と物静かな夫。
裁判中に先に自害し、夫の心残りをなくそうと気遣った妻と
彼女亡き後、子どもたちに託す手紙には、
必ず妻の名前を書き、妻宛ての手紙を綴り続けた夫。
この激動の中に巻き込まれても、彼の揺るぎない家庭への
深い愛情と芯の通った生きざまは、
この家族の間にしっかりと息づいていたのだろうなと感じた。
こんな深く厚い人物を、安易に失わせてしまったことは本当に惜しい。
堀江美都子歌のあゆみ2
最初のロッキーチャック挿入歌の2曲を除けば、すべて昭和49年10月~51年3月までのたった1年半の間に生み出されたもの。「歌のあゆみ1」が彼女の成長過程を耳にできるのに対し、本作品はもはや歌い手としての完成品というしかない。
楽しみ方としては、懐かしさに浸るのも一つだが、何よりこの声の伸びが特筆ものであり驚きそのものである。お奨めは有名曲以外では「戦いははてしなく」「ポッコの空」「サウルスくん」「ちいさな愛の歌」あたり。
今となって思うのは、こんなかわいいかつ歌の上手な若い女性が、ここまでアニメの歌に全力を注いで歌っていた事。ある意味昭和の奇跡ではなかろうか。
全65曲、クオリティの塊。そしてこんないい声の彼女も、ある意味空前絶後の良き時代。
楽しみ方としては、懐かしさに浸るのも一つだが、何よりこの声の伸びが特筆ものであり驚きそのものである。お奨めは有名曲以外では「戦いははてしなく」「ポッコの空」「サウルスくん」「ちいさな愛の歌」あたり。
今となって思うのは、こんなかわいいかつ歌の上手な若い女性が、ここまでアニメの歌に全力を注いで歌っていた事。ある意味昭和の奇跡ではなかろうか。
全65曲、クオリティの塊。そしてこんないい声の彼女も、ある意味空前絶後の良き時代。
ビジネスマンの父より息子への30通の手紙 新潮文庫
無念である。本当に無念である。もしも大学1年生の時にこの本に出会っていたならば。
と思わず思ってしまった。本当に優しさと賢さにあふれた本だと思います。この本は
経営学、人間として望ましい姿。共に実践に則して詳しく説明してくれています。
本当に実践的です。自分の命が尽きるかもしれない場合、最愛の息子に伝えたい言葉には
見栄や虚飾は不要だったのでしょう。それが正しいかどうかは読者側の各自判断に任されて
います。そして非常に多くの教えが有用だと思えるのではないでしょうか。少なくとも私に
はそう思えました。最後の章の最後の件「父さんより」を読んだ時、胸が熱くなりました。
自己啓発書なのに泣ける。なんて豪華なのだろう。通勤途中で涙が止まらなくなった方の
エピソードが本文に書かれていました。意味がよくわかりました。
と思わず思ってしまった。本当に優しさと賢さにあふれた本だと思います。この本は
経営学、人間として望ましい姿。共に実践に則して詳しく説明してくれています。
本当に実践的です。自分の命が尽きるかもしれない場合、最愛の息子に伝えたい言葉には
見栄や虚飾は不要だったのでしょう。それが正しいかどうかは読者側の各自判断に任されて
います。そして非常に多くの教えが有用だと思えるのではないでしょうか。少なくとも私に
はそう思えました。最後の章の最後の件「父さんより」を読んだ時、胸が熱くなりました。
自己啓発書なのに泣ける。なんて豪華なのだろう。通勤途中で涙が止まらなくなった方の
エピソードが本文に書かれていました。意味がよくわかりました。
官僚たちの夏 [DVD]
城山三郎原作の硬派なドラマ。
ドラマの発端となる昭和30年といえば、第二次大戦後10年が経ち、ようやく社会も落ち着きを取り戻し始めた頃。ようやく日本が高度経済成長に差し掛かろうとする時代を通産省の視点から興味深く描く。
今でこそ自動車産業や家電など日本の経済発展のシンボルであった産業を当然の如く考えるが、いかに育て海外との競争に耐えうるところまで国家が主導していったか描かれる。また、公害問題、エネルギー政策の転換、東京オリンピック、大坂万博、沖縄返還と、戦後の歴史を振り返る上でも大変興味深いドラマだった。
今もTPP等の問題があるが、当時から国内産業の保護育成と、自由貿易・国際協調の間で日本という国が揺れ動いていたか、また米国は政治的には重要なパートナーではあるが、経済的な面も含めて決して単純な味方でもない、ということが改めてわかる。
主人公、風越のセリフや行動の中で印象に残るのが、弱者を切り捨てないという姿勢だ。切り捨てないで国全体を経済的な繁栄に導くということが、いかに困難なことであるか。それにもかかわらずそれに邁進した風越の姿はとても印象に残る。経済のグローバリズムが結局は本家の米国にも貧富の差をもたらしたように、本当に世界に繁栄をもたらしたかといえば、疑問が残る。
官僚、お役人というと悪いイメージを持たれることも多いが、国民のために尽くす主人公たちには感銘を受けた。また、登場する政治家たちも、もちろん自分達の利権もあるのだろうが、国家・国民のためというものが第一義にあったのだと思う。今の政治家とはスケールも違うが、その根本となる信念がまったく違っていたのだと思う。
尚、山崎豊子の「不毛地帯」は商社の立場で描いたものであり、必ずしも同じ事柄を扱っているわけではないが、同じ時代を経済という側面から描いたという意味で、併せて観る(読む)と興味深いと思う。
ドラマの発端となる昭和30年といえば、第二次大戦後10年が経ち、ようやく社会も落ち着きを取り戻し始めた頃。ようやく日本が高度経済成長に差し掛かろうとする時代を通産省の視点から興味深く描く。
今でこそ自動車産業や家電など日本の経済発展のシンボルであった産業を当然の如く考えるが、いかに育て海外との競争に耐えうるところまで国家が主導していったか描かれる。また、公害問題、エネルギー政策の転換、東京オリンピック、大坂万博、沖縄返還と、戦後の歴史を振り返る上でも大変興味深いドラマだった。
今もTPP等の問題があるが、当時から国内産業の保護育成と、自由貿易・国際協調の間で日本という国が揺れ動いていたか、また米国は政治的には重要なパートナーではあるが、経済的な面も含めて決して単純な味方でもない、ということが改めてわかる。
主人公、風越のセリフや行動の中で印象に残るのが、弱者を切り捨てないという姿勢だ。切り捨てないで国全体を経済的な繁栄に導くということが、いかに困難なことであるか。それにもかかわらずそれに邁進した風越の姿はとても印象に残る。経済のグローバリズムが結局は本家の米国にも貧富の差をもたらしたように、本当に世界に繁栄をもたらしたかといえば、疑問が残る。
官僚、お役人というと悪いイメージを持たれることも多いが、国民のために尽くす主人公たちには感銘を受けた。また、登場する政治家たちも、もちろん自分達の利権もあるのだろうが、国家・国民のためというものが第一義にあったのだと思う。今の政治家とはスケールも違うが、その根本となる信念がまったく違っていたのだと思う。
尚、山崎豊子の「不毛地帯」は商社の立場で描いたものであり、必ずしも同じ事柄を扱っているわけではないが、同じ時代を経済という側面から描いたという意味で、併せて観る(読む)と興味深いと思う。