師・井伏鱒二の思い出
現在の文学に携わる人々の間には、編集者を含めた色濃き「弟子」と「師」という
関係は、存在するのだろうか?一般読者は、その深さが、どの程度であるか?知る
よしもない。今でもこうした縦系列は狭い社会で続いてであろうか。
しかし、
著者「三浦」氏の、「井伏」氏を尊敬して決して止むことのないであろう深い愛情が、
少しづつ胸に染み入るように伝わってきて、暖かい面も昭和の香りのように胸を打つ。
高度成長時代の慌ただしい世の中に人と人との間にも、互いに信頼し、疑いもまばらに
ほのぼのと続く、両者の存在関係に嫉妬さえ感じてしまう。お奨めの純朴なる小品である。
単行本であることが、この内容には相応しいと思うのだが…1300円という価格に不満を
持つ方をいるであろう。でも「三浦哲郎」氏の純粋無垢さは、21世紀世界の評価する
「COOL JAPAN」の源流で間違いない。推奨の一冊である。
武満徹:鳥は星形の庭に降りる/3つの映画音楽/精霊の庭/ソリチュード・ソノール 他
『NAXOS MUSIC LIBRARY』という音楽サイトで全曲試聴しました。5曲目「ワルツ『他人の顔』より(No. 3. Face of Another: Waltz)」は文句無く素晴らしいです。安部公房氏が原作&脚本、勅使河原宏氏が監督の映画『他人の顔』が観たくなりました。
黒い雨 (新潮文庫)
著名な文学作品でも意外と評価が星五つで維持されている作品は少ない。だから、名前だけは知っていたけれども、この作品のページを見たときにはちょっと驚いた。このレビューは12件目になるわけだが、11件の状態で星五つなのだから、これは相当高い方だ。それで食指を動かされて早速読んでみたのだが、他のレビューアーの方の高評価の原因が分かった。高名な文学者に対する媚びへつらいでも何でもなく、この作品はホントに素晴らしいものだ。
黒い雨というタイトル。ちょっと詳しい人なら原爆の本だと分かるかも知れない。原爆症を背負った主人公の原爆当時への回顧がこの本のベース。原爆症だと疑いをかけられているために縁談がいつもうまくまとまらない養女扱いの矢須子のために自分の原爆日記と矢須子の日記を比較させようとするため、また、図書館司書との約束で日記を清書するため、などの動機付けがあって主人公の八月五日から終戦までの日記を辿っていく。抑揚のない重みのある文体である。爆心地から二キロの地点で被爆した主人公の第一人称で、原爆の悲惨な有様が殆ど主観を交えずに語られていく。当事者の語るそれは悲惨である。また、同時に原爆直後を生きた困窮しきった人達の生活も見えてくる。作品の終盤で黒い雨に打たれ、病魔にむしばまれていく矢須子の病状からも戦争の無惨さを思い知らされた。評価を続ければきりがないが、特あげておきたいのが、特定のイデオロギーにこの本が縛られていないこと。原爆関係の本は本当に嫌というくらい左翼っぽかったりするが、この本は本当にごく自然な形で原爆直後の様子が描かれている。そこから著者の無言のいたわりと、戦争への想いが語られているわけだが、誇張して暴論を振り回すのではなく、本当に日常的な観点から描かれているという点でこの本は本当に評価されるべきものだと思った。
日本人が心にとめておきたい一冊。そう評価していいと思う。
貸間あり [DVD]
何とも川島雄三らしい名作だと思います。
後の「青べか物語」に通じるようなオモシロおかしな住人たちが沢山出てきますし
桂小金治が『サヨナラだけが人生か…』と呟きおしっこをするシーンはあまりにも有名。
併せて藤本義一氏の「生きいそぎの記」を読んでもらえるとより堪能できると思います。
…それはロールキャベツの作り方から始まった、のでゲス。
猫 (中公文庫)
“猫”という個性的かつ魅力的な小動物に、次第に惹かれていく人たち。飼い猫や子猫の仕草や、彼らとの交流をひょいと書き留めてみた、そんなエッセイのいくつかに味のあるものがあり、なかなかに楽しめた一冊でした。
1955年(昭和二十九年)に刊行された『猫』(中央公論社)を底本とし、クラフト・エヴィング商會の創作とデザインを加えて再編集した猫―クラフト・エヴィング商会プレゼンツを文庫化したもの。
<ぶしよつたく坐つてゐるやうな感じであつた。>p.53、<机の下からそつと私の足にじやれるのを>p.137 といったふうに、原文のまま掲載されているのも雰囲気があって、好ましかったです。
収録された文章、エッセイは、次のとおり。
「はじめに」・・・・・・クラフト・エヴィング商會
「お軽はらきり」・・・・・・有馬頼義(ありま よりちか。小説家)
「みつちやん」・・・・・・猪熊弦一郎(いのくま げんいちろう。洋画家)
「庭前」・・・・・・井伏鱒二(いぶせ ますじ。小説家)
「「隅の隠居」の話」「猫騒動」・・・・・・大佛次郎(おさらぎ じろう。小説家、劇作家)
「仔猫の太平洋横断」・・・・・・尾高京子(おだか きょうこ。翻訳家)
「猫に仕えるの記」「猫族の紳士淑女」・・・・・・坂西志保(さかにし しほ。評論家)
「小猫」・・・・・・瀧井孝作(たきい こうさく。小説家、俳人)
「ねこ」「猫 マイペット」「客ぎらひ」・・・・・・谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう。小説家)
「木かげ」「猫と母性愛」・・・・・・壺井榮(つぼい さかえ。小説家)
「猫」「子猫」・・・・・・寺田寅彦(てらだ とらひこ。物理学者、随筆家)
「どら猫観察記」「猫の島」・・・・・・柳田國男(やなぎた くにお。詩人、民俗学者)
「忘れもの、探しもの」・・・・・・クラフト・エヴィング商會
なかでも、有馬頼義、坂西志保の文章に、格別の妙味を感じましたね。行間に見え隠れし、自然、にじみ出してくる書き手の“猫”への愛情。それが、とてもよかった。
“猫”を見つめる寺田寅彦の観察力と、含蓄をたたえた文章も印象に残ります。