夫婦善哉 (新潮文庫)
何かの番組で、夫婦善哉を取り上げながらカレーの自由件などの大阪のご飯屋さんを紹介しているのを見て、夫婦善哉は食べたことがあるけど、小説の存在を始めて知り、購入しました。
内容は良かったです。特に大阪に地理感のある人は、親近感がわいて読みやすいと思います。
名短篇ほりだしもの (ちくま文庫)
『とっておき名短篇 (ちくま文庫)』に続く姉妹篇のアンソロジー。収録作品全体の面白さという点では『とっておき名短篇』と比べて落ちる気がしましたけれど、本文庫には嬉しい出会いと、「えっ!」という驚きがありました。
嬉しい出会いというのは、このアンソロジーで初めて読んだ伊藤人譽(いとう ひとよ)の作品を読めたこと。「穴の底」「落ちてくる!」の二篇が収められているんですが、いずれも、絶体絶命の状況下にある主人公の焦り、不安が、作品のテーマになっています。ウィリアム・アイリッシュ(コーネル・ウールリッチ)の短編小説を、幻想、ホラー風に仕立てたらこうもあろうか、というような味わいの短篇。なかでも、窮地から逃れようと必死になる主人公の男の行動と心理に、ぞくぞくするサスペンスを感じた「穴の底」が出色の逸品。いやあ、ここで読まなければ、おそらく一生出会うことはなかっただろう作品。紹介してくださった北村薫さんに感謝です!
片や、「えっ!」という驚きを味わったのは、宮部みゆきさんとの解説対談の席上、作品の謎に絡む北村さんの発言に触れた時でした。作品は、石川桂郎(いしかわ けいろう)の「少年」。この短篇のある謎をめぐって、宮部さんと北村さんが違う受け止め方をしている。私は、宮部さんとおんなじことを考えていた。でも、北村さんの解釈を聞くと、「そう推測したほうが、この作品の奥行きは深くなるかも」と、そう思ったですね。果たして、作者はどう考えてこの謎を提出したのか。北村さんの解釈が合っているかどうか、この作品からだけでは判断できません。謎は謎のまま残る。でも、こんなふうに解釈すると、作品に違った側面が生まれ、深みが増すと知って、何か得をした気持ちになりました。
本文庫の収録作品は、以下のとおり。
宮沢章夫「だめに向かって」
宮沢章夫「探さないでください」
片岡義男「吹いていく風のバラッド」より『12』『16』
中村正常(まさつね)「日曜日のホテルの電話」
中村正常「幸福な結婚」
中村正常「三人のウルトラ・マダム」
石川桂郎「剃刀日記」より『序』『蝶』『炭』『薔薇』『指輪』
石川桂郎「少年」
芥川龍之介「カルメン」
志賀直哉「イヅク川」
内田百けん「亀鳴くや」
里見とん「小坪の漁師」
久野(くの)豊彦「虎に化ける」
尾崎士郎「中村遊廓」
伊藤人譽「穴の底」
伊藤人譽「落ちてくる!」
織田作之助「探し人」
織田作之助「人情噺」
織田作之助「天衣無縫」
おしまいに、編者の北村薫、宮部みゆきの解説対談「過呼吸になりそうなほど怖かった!」(於 山の上ホテル 2010.9.28)
日本文化私観 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)
「日本文化私観」は、日本文化と日本人のあり方についてさらりと述べた随想です。
フランス人はパリが第三帝国に攻められたとき、ルーヴル美術館所蔵の作品を避難させることを優先させ、
それはフランスの運命を変えてしまったという。フランス人よりフランス文化の保全を選んだのであった。
このことを考えるに、日本人はあくまで日本国の文化を守るべきなのだろうか、
それとも日本国の民の生活やその利便を守るべきなのだろうか。
という話から始まります。
この書籍の表題は「日本文化私観」ですが、併録されている他のエッセイも面白いです。
織田作之助の死に寄せて書かれた大阪論である「大阪の反逆」は、
織田作之助の「可能性の文学」への返答にもなっています。
「デカダン文学論」に見える凄まじい夏目漱石批判も読み応えがあります。
目次
I.
ピエロ伝道者
FARCEに就て
長島の死
神童でなかったラムボオの詩
牧野さんの死
スタンダアルの文体
フロオベエル雑感
かげろう談義
茶番に寄せて
文学のふるさと
日本文化私観
青春論
II.
処女作前後の想い出
堕落論
欲望について
デカダン文学論
続堕落論
花田清輝論
二合五勺に関する愛国的考察
私は誰?
恋愛論
大阪の反逆
織田作之助 (ちくま日本文学 35)
織田作之助の文庫版短篇集で、現在廉価で購入できるのは、『夫婦善哉』(新潮文庫)、『ちくま日本文学35 織田作之助』(ちくま文庫)、『六白金星 可能性の文学 他十一篇』(岩波文庫)の三冊であろう。
新潮文庫収録の六篇は全て、ちくま文庫及び岩波文庫のいずれか(あるいは両方)と重複しているため、ちくま文庫及び岩波文庫を持っているなら新潮文庫は不要だ。
ちくま文庫と岩波文庫とでは、「可能性の文学」「アド・バルーン」「世相」「競馬」の四篇が重複する。
このちくま文庫には「馬地獄」「夫婦善哉」「勧善懲悪」「木の都」「蛍」「ニコ狆先生」「猿飛佐助」「アド・バルーン」「競馬」「世相」「可能性の文学」の全十一篇が収録されており、織田の代表作を綜覧するにはよい。
夫婦善哉 [DVD]
「好きだ!」とか「愛してる!」の台詞はほとんどでてこない。恋愛をはぶくんでいく過程も描かれない。だから、登場人物の二人がなんで相手を好きになったかも明確にはわからない。
しかし、傑作の「恋愛映画」であることは間違いがない。映画が終わった後は、人間の情欲の奥深さに圧倒される。
「おばはん、よろしゅう頼んまっせ」。雨の降る中、すべてを失った柳吉が蝶子になにげなくこの台詞をかけるラストシーンに向けて、物語は進行する。
事件らしい事件がおこるわけでも、複雑な人間関係があるわけでもない。でも、二人とも、社会や他人と折り合いがつけることが困難で、少しづつ何かを失っていき、相手以外の居場所をなくしていく過程が物語の主軸である。
世界の中心で愛で叫べば、そこに恋愛が成立するほど人間関係は甘くはない。「愛を叫び」恋愛を獲得するのではなく、喪失を繰り返し「これ以上どこにも行けない場所」が見つかる(見つけるのではなく)。恋愛の本質などわかるはずもないけれど、私はどうしても、本作や「浮雲」や「洲崎パラダイス 赤信号」など日本の傑作恋愛映画が描いてきた恋愛に惹かれるのだ。
ちなみに、その喪失の過程での森繁久弥の「少しずつ行き場を失っていく」演技が本当に素晴らしい!特に、実家から勘当されることを聞かされ、蝶子の部屋に戻り、昆布を煮るシーン。ただごとではない。ぜひ、映画館の大画面で見て欲しい。