温泉めぐり (岩波文庫)
日本国内の様々な温泉地を旅した田山花袋の紀行文。
温泉そのものの批評も行われていますが、温泉地にたどり着くまでの足取り、移動中の情景描写に重きが置かれています。このため、いろいろな地名が出てきます。地理的な状況や料理の善し悪しについても田山花袋独自の見解が述べてあり、彼自身の好みが素直に伝わりました。温泉を取り巻く自然に溶け込んだ田山花袋の目で見た情景描写には癖がなく、私は「遠くの温泉に行きたい」という旅情がかきたてられました。地図を見ながら「こういう足取りで移動したのか」などと点検しながら読むのも楽しいです。
本の下欄に「現在では電車が開通したので移動が便利になった」などのコメントがあるのも面白いです。「欄干」という言葉が何度か出てきますが、この言葉があることにより、温泉の情緒があふれ、温泉の情景が頭の中で想像されました。
恋する日曜日 文學の唄 ラブストーリーコレクション [DVD]
恋する日曜日シリーズでは今までコミックが原作の作品はありましたが、本格的な文学作品を映像化したのはこのシリーズが初めてです。そして、ただ映像化するだけでなく現在に置き換えてアレンジしてあります。そのためか原作の主題を映像化するのに重きを置き、原作とはかけ離れた表現の作品になっているのが多いです。
ただ作品のチョイスは考えられていて、武田麟太郎 佐左木俊郎 林芙美子など玄人好みの、まず商業ベースではドラマ化されないだろうという作品ばかりです。また出演者も粟田麗 橘実里 千葉哲也 他、書ききれないほどの本当の実力派をそろえていて、見ている人をその作品世界にぐいぐい引き込んでいきます。
内容は地味な作品が多いので手をたたいて笑えるような作品はありませんが、じっくりと文学の世界に浸りたいときには最適の作品で、優れた短編集を呼んでいるような錯覚に陥ります。とてもお勧めできるDVDです。
田舎教師 (新潮文庫)
家庭環境に恵まれなかった。主人公清三は、進学をあきらめ、
田舎村で教師となる。都会に出て、学校に進学した友人は
しきりに連絡をくれるが、清三は己の境遇を恥じて次第に遠ざかる。
不満なく働く周囲の友人や、何も考えていない同僚たちを眺めて、
自分もこうなってしまうのではないかという焦りを抱き、文学、
音楽、資格試験などを学ぶことを試みるがうまく進まない。
清三は国家の為に働く人々にあこがれ、我が身の非力を嘆きつつ、
死んでいく・・・。
何事かなしたいと思う若者が、何事もなし得ず、亡くなっていく
ものの無念さが表現されている。
この本を読めば、自分探しの旅に出る若者たちの気持ちを
理解することができるかもしれない。
キャラクター小説の作り方
表紙にはみるみる書ける小説入門!とある。確かに、キャラクター小説の書き方が丁寧にわかりやすく説明されていく。文章術ではない。ストーリー展開、キャラクターの作り方に重点が置かれている。
キャラクターについては、手塚治虫の「記号論」に触れ、「ハリウッド脚本術」という名参考書を紹介しながら、パターン(基本型、性格付、演技形態)を組み合わせることで、「個性」的なキャラクターの創造は可能だと強調する。
ストーリーについては、各場面を書いたカードとプロット(400-800字)による編集術の方法を紹介している。小説をおもしろくするには法則があり、民話や昔話をたくさん読むことで勉強できると説く。「千と千尋の神隠し」を例として使い、昔話のエッセンスがどのように活かされてい??か解読してくれる。
この辺までは、ノウハウ本としての顔が全面に出ていて、この本の通りにやってみようかなという気になり、小説家への道も案外たやすいのではと甘い期待で胸が膨らむ。
しかし、問題はここからだ。明治時代以降の日本文学史にあまりにも大きな地位を占めてきた「私小説」と対比しながら、キャラクター小説の意義と可能性が語られる。
「キャラクター小説の本質は、キャラクターにある。作中のキャラクターが「世界」をどのように「観」て、受け止めるかということが、キャラクター作りにおいて不可欠であり・・」
「手塚に始まる戦後まんがは「記号的」で「平面的」な主人公でありながら生身の人間のように傷つき死んでいくキャラクターを創りだすことになった」
「作者や読者の「現塊??」や「私」に届く作品を描くジャンルとしてキャラクター小説はあるべきだ」
キャラクター小説の方法をもって「文学」になれ!「私小説」の世界にひたって「現実」と向き合うことを忘れたこの国の文学をリセットしてしまえ!という著者の過激なメッセージはズシッと重い。
わが国の「私小説」に関する説明・分析については、ちょっとわかりにくかった。